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競艇の仕事を始めるまでは、「公営ギャンブル」がどういうものなのかよく解らなかった、
というか、全く知らなかった。
たまに友人に付き合って競馬の馬券を買ったことはあったけれど
それはただのお遊び程度で、
まさか専門チャンネルの司会をするようになるなんて思いもよらなかった。
最初は、「ただデータを読むだけだから」って・・・
数字に弱い私にどうしてこの仕事が回ってきたのか
(当時のマネージャーはこの仕事ができれば喰いっパグレないだろうと思ってくれていたみたいだけれど)、
今考えてみるとその理由なんて特になかったのかもしれない。
まぁ、取り敢えずスタートしちゃって、一から勉強するところから始まって、
足掛け6年も続いたのだから(しかもコラムまで書いてたし!)、
我ながらスゴイことだよね。
今とは違って、当時は選手データをパソコンから引き出すことなんかできなかったので
スポーツ新聞だけが頼り。
ところが東京の新聞には関東圏で行われるレースしか載っていなくて・・・。
本当に苦労した。
とにかく何も解らないから、自分流にノートをつけてみたりして
スポーツ記者ってこうなんだろーな、と実感(!?)したりもした。
初めは失敗ばかりが続き、先輩方に迷惑のかけっぱなし。
何度「辞めたい!」と思ったことか。
ホント、今でこそピット(レース中、選手のいる場所。公正を期すために一般の人は入ることができない)
の中から中継、が当たり前になっているけれど、
当時は仕事で来ている私達ですら、その中には入れてくれなかったのよ。
情報を公開しなかったからね。
でも、そのうち少しづつ「情報をもっと公開しよう」という動きになって、
ピットの中に入れるようになって、
今度は「舟券につながるような情報」を伝えなければならなくなった。
あのね、中にいる選手達は報道陣になかなか慣れてくれなくて、
(しかも女の子っ!私は!)オジサンたち、とってもとっても恐かったんです。
そりゃそうです、命賭けてる現場なんだから。
ピリピリしている時に、ド素人の女の子に色々質問をされたら、怒りたくもなるだろう。
その気持ちは解る。
女子レーサーはまだ記念クラス(一般の大会に比べグレードが上の大会)に
あまり出てきてはいない時で、若手の台頭もまだまだ・・・そんな時代だったから。
泣きたくなることもいっぱいあったけれど、
懸命に仕事をしている選手達の背中に、惚れた。
だから私も一所懸命になった。
幸いワイドショーとかやっていたから度胸と根性だけはあって、
インタビューのタイミングとか、そういう基本的なことは心得ていたから、
辛さは乗り越えられた。
逆にね、
それまでテレビの世界で只々時間に追われ、ある種特殊な人間達の中で
毎日を暮らしてきた私にとって、
素朴で純粋な人間と触れあうことは、感情のリハビリに近いものがあったの。
オジサンたち、仕事に関してはシビアなんだけれど、実はとても地味だったりする。
みんな「怪我」や「死」と向き合っているからかなぁ…
厳しい反面、とても優しい心を持っている。
昔は今程 SG(スペシャル・グレード=つまり一番上の大会)もなかったし、
わりあいゆったりとした時間の流れの中で、私は魅力ある人間性に触れ、
様々な「気持ち」を味わった。
そして「勝負」の意味も教えられた。
レースの中継は、7時間近くに及ぶ。
様々な情報データを丁寧に読み上げることが主な仕事なので、思いのほか神経を使う。
勿論、生放送なので、色々な事が日常茶飯事の様に起こる。
番組を進めながら、それに冷静に対処しなければならない。
・・・こう書くと、とても大変な仕事みたいでしょ。う〜ん、本当に大変だったんだよなぁ。
勝負の世界に生きる人たちに教えられた事は、
「守りに入ると負ける」ということだった。
どんなにビックなタイトルを獲得した大物選手でも、
「もう適当にしておけばいいや〜怪我しないように。」という気持ちでいると、
不思議なことに勝てる時にも勝てなくなる。
逆にどんなレースでも一所懸命ベストを尽くす選手は、恐ろしいかな「負け」を知らない。
戦いに破れることはあっても、決して「終わり」ではない。
そして・・・それは年齢もなにも関係ない。
私の場合は。
ちょうどレジャーチャンネルの体制が変わるというタイミングだった。
競艇の仕事だけをこのまま続けていく・・・それも一つの選択肢。
体力的には大変だけど、
それなりに楽しいし、奥はまだまだ深いし、喰いっパグレないだろうし。
この土俵で「勝負」し続ける価値もあるかもしれない。・・・だけど。
だけど、私のやりたい事・目指しているものは違うところにある。
心のどこかにずっと引っ掛かっていたそのことを、
「負け」を知らない一流の選手達に、
ぐいっと引っ張りだされてしまった。
まるで心臓を鷲掴みにされたように、心がエグられた。
とっても痛かった。
負けず嫌いの私は、守りに入らず、挑戦し続けようとその時誓った。
競艇というスポーツが教えてくれた様々なことは、今、私の心の糧となっている。
多少上手くいかなくったって、終わりはしないものね。
どこまでもどこまでも頑張ろう・・・っと。
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